▼ 宮治×mg
稲荷崎高校、校舎内にある大型車両専用駐車場には既にいくつもバスが並び、その車中はクーラーでキンキンに冷えていた。
夏休みの真ん中の5日間、男子バレーボール部の合宿は山間にある涼しい宿舎と体育館を借りて行われる。今日はその出発日で、今は貴重品を持って事前に決められた座席に座るところだ。去年は角名が隣だったから、今年もそうだろうと思って後ろ側の窓際の席に座って窓から外を見ていたら驚いた。
理由は俺の隣に来た奴が角名じゃなかったから。
もっと言うと、その人は男子部員でもなかった。
「オサムン、ポッキー食べる?」
「…」
「ポッキー嫌い?」
「好きやけど…」
「じゃあ、仕方ないから分けてあげるっ」
「…」
一片の迷いもなく、自然に俺の隣に座ったマネージャーに目をやる。
何やねん、この状況は…
何で俺の隣にマネージャーがおるん?
「あの…何してるんですか、苗字さん」
「ポッキーを食べてる」
「そうやなくて」
三年生はもっと前の席やろ?何でここにこの人が…角名はどこ行ってん。
俺が貰ったポッキーをぽりぽりと食べながら怪訝な顔をして隣を観察すれば、うきうきな様子でバスの出発を待つマネージャーは小さな子どもみたいでおかしかった。
「合宿だっ♪合宿だっ♪」
…って、めっちゃ楽しそうやけど目の下クマで真っ黒やん。今日から合宿やのに寝不足?
「なあ、昨日あんまり寝てないん?」
「昨日?うん」
俺の問いにポッキーをバキバキと食べ終えたマネージャーが答える。
「何持って行こうか考えてたら朝になっちゃって」
「はあ?朝て…持ち物は普通の旅行セットやろ?他に何持ってくねん」
そう言うと、俺の肩に手を置いて大袈裟なくらいに首を横に振るマネージャー。
「分かってないなー。オサムンは」
「許可してへん言うてるやろ、その呼び方」
勝手に気に入って…
「ねぇ、トランプも持って来たんだけど、やっぱり皆UNOだよね?ドロー4であがるの有りにする?」
は?…え?
「何ぽかんとしてんの?合宿って言ったらやるでしょうが。寝る前に恋バナと枕投げとUNO」
「…」
ああ、そう言えばこの人合宿初めてやったな。部活に入ったんも初めて言うてたし…初参加の合宿が楽しみやから、さっきからこんなテンションなんか。
…でもなぁ
「マネージャーは女子やから一人部屋やろ?苗字さん、一人でUNOやる気なん?」
さりげなく突っ込めば、俺を視界に捉えたその瞳がどんどん大きくなっていく。
「ひとり、べや…だと?」
あららら、めっちゃ吃驚しとるけど知らんかったんか、この人。この間のミーティングの時、北さんが言うてたけどな。
地獄の底を見たような顔をして「ひとり…一人部屋」とぶつぶつ呟くマネージャーの首根っこを通路側から伸びてきた誰かの手がぐいりと掴んで静かに俺に話し掛けて来た。
「すまんな、治」
「あ…いや…」
その手の主は北さんで、溜め息混じりに「お前は何をやっとるんや」と俺の目の前で同い年のマネージャーに説教を始め出した。
「三年はもっと前や。治の隣はもう角名に決まってんねん」
「ヤダヤダ!離して!前なんか絶対嫌だしっ!私は後ろで先生の目も北の目も気にせず好き勝手したいのぉっ!」
わぁ、本音がダダ漏れてるやん、苗字さん。
「あかん。お前の席は俺の隣や」
北さんの声がマネージャーの耳にきっちりと届いた後、車内に彼女の超音波みたいな叫び声が轟いた。
「い・や・だぁあああああーーっ!!」
「嫌でも何でも決まりやねん」
「北の隣なんか絶対やだ!お菓子こぼしたら怒られそうだし、虫歯になるからって炭酸じゃなくて麦茶飲めとか言いそうだもんっ!そんなの全然楽しくないぃいっ!私はバスから楽しみたいのおぉっ!」
俺も北さんの隣やったら監督か先生が隣の方がええかな…。いやでも、監督が隣だったら宿に着くまで永遠犬の話されるかもしれんし…やっぱりどっちも嫌やな。
「オサムン!助けて!」
悲痛な目で助けを求めるマネージャーに手を振って見送り、ふうと溜め息をついて椅子に座り直した。
朝から何やねんな、もう…
前に連れて行かれた苗字さんは北さんの隣でしばらくぎゃあぎゃあと騒いでいた。
ちょっと可哀想なことをしたかな、なんて前の方に目をやりながら考えていたら、眠たそうに目元を擦る角名が来て俺の隣に静かに座った。
「治、おはよう」
「おはようて…お前、今来たん?」
「うん。遅刻したから今来た。前、うるさいけど何なのあれ」
「うん、まあ…」
俺が角名に起きたことを話しているうちにバスは出発して、いつの間にかぎゃあぎゃあと騒ぐマネージャーの声も聞こえなくなっていた。
「20分後、出発。遅刻したら置いてくで」
監督の声に誰かが大きく伸びをする。
休憩を言い渡されたパーキングエリアでバスから降りようと自分の席を離れて通路を進むと、前から二列目の席で北さんの肩にもたれて眠るマネージャーの姿があった。
その寝顔を見て「やっぱり眠かったんや」と思ったのと同時に「これやと北さんが外に出れんやん」と思い、枕代わりに肩を貸している身動きの取れない主将にそっと声を掛けた。
「北さん、何か買うて来ますか?」
「いや、ええよ。ありがとう」
「…ッス」
バスの外は思っていたより暑くて、降り注ぐような蝉の声がやかましい。
照り付ける太陽に目を細め、降りて来たバスに向かって「何や、結局仲良いやんか…」と独り言のように呟けば、その言葉を先に降りていた大耳さんに拾われてしまい「まあ、悪くは無いと思うで」と苦笑しながら言われてしまったので何故だかキュッと恥ずかしくなり、慌ててフードコートに駆け込んだ。
…あかん。何か食おう。
食って、全部忘れてしまえ。