銀島結×mg

「手作りチョコ…、ええなあ」

スマホを制服のポケットしまい、静かに溜め息をついた。確かにあの写真はチョコレートだった。稲高男子バレーボール部、元主将のアイコンはバレンタインの日から数日、彼女であり元マネージャーである苗字さんに貰ったであろう手作りチョコを映した写真だった。

今回に限り、男女の恋愛事情に鈍い自分でも何故だか気付いてしまったのがとても悲しい。

バレンタインの日に手作りのチョコレートなど小学生の時以来貰った記憶は無いし、人気があるはずの男バレに所属しているはずなのに今年も女子からのそれは0個だった。

人間、やはり顔なのか?同じ部にいる自分より素行不良な侑も治も今年も偉い数のチョコレートを貰っており、しかも贅沢な事にそれらを少し鬱陶しいと言う顔すらしていた。

あの二人よりは他者を思いやる気持ちは持っているつもりだ。それに"彼女"が出来たら誰よりも一番にその子の事を思って大事にする自信はある。故に解せない。何故、今年も自分はチョコレートが0個なのか…

「ああ、どっかにおらんやろか…俺の事、想ってくれる女…痛っ!??」

女の子、と言いたかったのに廊下の角を曲がった瞬間ドンっと何かにぶつかって腹の辺りに鈍い痛みが走った。

なんだ…?

何にぶつかったんだ…?

「いった…ぃ…、って…銀島?」
「…ま、マネージャー?」

実はちょっと期待していた。廊下の角を曲がってぶつかった人物が可愛い女の子で、そこから「アンタが悪い」「お前が悪い」みたいな喧嘩をして、でもそんな出会いをしたものだからしばらくお互いがお互いを忘れられなくて、気付けば二人の頭の中はあの日ぶつかった相手の事でいっぱいで…みたいなキラキラした青春ドラマか恋愛マンガみたいな展開を期待していたのだ。だけど、と言うかやはり、俺の人生そんなに上手くはいかなかったようだ。

「スンマセン!!前、よく見てなくてっ」
「大丈夫、私も考え事してたから…」
「怪我、してませんか?」
「うん。全然。銀島は?」
「俺は…別に…」

制服のスカートをぽんぽんっと叩いて埃を取り払う苗字さんを見る。三年生が引退してからマネージャーに会うのは久しぶりで、しかも自分がつい先程まで北さんと苗字さんの事を羨ましいとすら思っていたものだからこのタイミングでこんな所で顔を合わせてしまい、色々な意味でどきりとして何だか気まずい。

だってこの人はあの北さんの彼女で、あの北さんのアイコンに設定されていた手作りチョコレートの送り主で、あの北さんとキスをした事もある…などと瞬時に今までの出来事が頭の中を巡り、自分とは程遠い充実した学校生活を送るその姿が眩しくてその輝きに目の前がクラクラして来た。

彼女いない歴=年齢の自分には刺激が強過ぎる。

あかん…ヤバいわ、この人…

この人…

何かエロ過ぎひん…!!?

「あれ?銀島?あんた本当に大丈夫?」
「…っっ」
「ねえ、やっぱり打ち所が悪くて…」
「ちがっ、ちゃいますっ!ほんま、ほんまにどこも…」

恥ずかしさと興奮からずるずるとその場にしゃがみ込んでしまえば後を追うように苗字さんも一緒になってしゃがみ込み、こちらを下から覗くようにして心配そうに見つめて来るから余計にドキドキして、余計に興奮して、あろう事か俺は…そのドキドキに後押しされて、ついこんな事を口走ってしまったのだった。
 
「苗字さん…」
「うん?やっぱり保健室、行く?」
「北さんに…」
「え?」
「北さんに手作りチョコあげたんスか?」
「なっ…、は、はあ!?」
「だって北さんのアイコン!手作りチョコやったやないですか!!あれってやっぱり苗字さんがって、いはいい…ッ!!?」

ぎゅうっと、その手に頬っぺたをつねられて痛いけれどちょっと嬉しいと思ってしまう自分にそう言う趣味は無いと思う。

「その話は禁止!」
「ひんひっれ、いはれれも…」
「次その話したら、もう口聞いてやんないから」
「…すんまへん…した」

俺の頬っぺたから指を離した苗字さんは「角名に引き続き、銀島まで…」とかぼやいていたけれど、そんな風にプリプリと怒っているマネージャーを見るのも何だか久しぶりで、目の前のこの人は先輩だし北さんの彼女ではあるけれどそれを通り越して何だか懐かしく、可愛いとすら思ってしまった。それにやはり、元マネージャーと言えども女子との触れ合いに飢えている自分にとってこんなやり取りは純粋に楽しいし、純粋に嬉しい出来事だった。

「銀島…何ニヤニヤしてんの?」
「いや、なんか先輩とのこう言うやり取り久しぶりやなって」
「…」
「苗字さんは北さんと、楽しいッスか?」
「なっ、だ、だからその話は禁止って!」
「バレンタインやなくて、普段の話です」
「ふ、普段…?」
「そうっす、普段。やっぱ二人きりの時だとお互い名前で呼び合ったり、語尾にニャンって付けて喋っ…うぐっ?!」
「あほ」

調子に乗って喋り続ければ、ぐっと、みぞおちに入れられたパンチが痛い。

「いっ…た、…ぃ…。でも苗字さん、ちょっとぐらい教えてくれてもいいやないですか…」
「教えるって何を?」
「俺、今まで誰とも付き合うた事ないから」
「…っ」
「普通のカップルの…北さんと苗字さんの話、聞きたいッス!」
「は、話す事なんか無いしっ」
「でも、やっぱり普段は名前で呼び合ってるんですよね!?信介って…って、あっ、ちょっ!苗字さんっ!マネージャー!」

再びプリプリと怒りながら、負傷した俺を置いて歩いて行ってしまう元マネージャー。その背中が廊下の少し先でくるりと振り返り「そんなんだから銀島には彼女が出来ないんだ!」って言われたけれど、意味分からん。

俺、童貞やし…名前呼びと、語尾にニャンを付けて喋るカップルへの憧れがあってもええやんか…

「って、うう、まだ腹痛い…」

先輩にもらったパンチの鈍い痛みを引きずって再びしゃがみ込み、項垂れる。

「でもあの二人…俺らのおらんとこでは絶対名前呼びしとるやろ…あと、ニャン…」

あ、ああアカン、想像したらまた興奮して来た…

頬っぺの痛みと、腹パンの痛みと、それからドキドキと高鳴る胸の痛みを抱いて座っていればそんな俺の頭の上で次の授業開始を告げるチャイムが静かに鳴り響く。

「あっ、アカン!次、移動や!ぼさっとしとったら侑にどやされる!」

バレンタインデーの甘いチョコも、名前呼びしてくれる可愛い彼女も、いつかは自分の所にも現れてくれるやろうと腰を上げ、俺は硬い廊下の床を蹴り、急いで自分のクラスへと戻るのだった。

「あああ~やっぱり彼女欲しい!!」

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