好きな人がいた。
その人はちょっと怖い顔をしてて、だけど中身はうんと優しくて、背が高くてバレーが上手くて、世界一好きな私の片思い相手…
東峰君には好きな人がいた。
隣のクラスの美人なあの子。
彼女と私。目も鼻も、口の数だってひとつも欠けることなく同じなのにどうしてこうも違うのか。あの子は綺麗。あの子は美人だ。それに加えて性格もいい。私が男の子だったら間違いなく彼女を好きになる自信がある。だから東峰君も…東峰君もあの子が好きなのだ。面と向かって本人に聞いたことはないけど分かる。だって私は東峰君が好きだから。
東峰君があの子と交わした言葉、何気ない仕草、ふとした表情。見てれば分かる。嫌でも分かる。
東峰君はあの子が好き。
私だって同じぐらい東峰君が好きなのにいつまでたっても私から東峰君に続く矢印は一方通行で交わることは決してない。
でもいいんだ。
私は東峰君の“特別”じゃないけど、特別嫌われてる訳でもないし。お喋りだって少しは出来る。
だから私の芯にある柔らかくて温かいこの気持ちは卒業するまで私の心だけに、そっとしまっておく。こっちが告白しなければ振られて傷付くことはないし、東峰君をずっと好きでいられる。
そう、絶対にそうだと思っていたはずなのに…
あの日の放課後。私の耳にも「ごめんなさい」って聞こえてしまった。それから、大好きな人の寂しげな横顔が目にしみていく。
どうしてこんな場所に居合わせしまったんだろう…
今日は何にも予定がなくて、暇潰しに引退した部活に顔を出して後輩をからかって、その途中で気が付いた忘れ物を教室に取りに来ただけ。
ただそれだけだったのに…
もう一度「ごめんなさい」って言って頭を下げて私のいる方向とは真逆に走っていなくなる、隣のクラスのあの子の上履きの音が耳奥に響いた。
ハッとして、私もここから逃げなくちゃって慌てて来た道を帰ろうとしたら握っていた携帯を落としてバレてしまった。
東峰君に…
私の存在。
携帯の音に振り返った東峰君が一瞬やばって顔をして「情けないとこ見られちゃったな」って頭を掻いて「出来れば他の奴には内緒にして欲しい」って、東峰君とふたりだけの秘密が出来たのは嬉しかったけどこんな秘密なら欲しくなかった。
ふたりきりの廊下のどこかを見るたびに喜びと悲しみが入れ替わる。
私は東峰君が好きだから、あの子が東峰君の気持ちに応えなかったのは嬉しいけどとても悲しい。
胸がいっぱいで苦しくて黙ったままでいると「苗字?」って、東峰君が近付いて来て心配そうに私の顔を覗き込む。その視線に耐えられなくなって、咄嗟に俯いてしまった。
「本当、変なとこ見せて悪かったな…」
その言葉にううんって首を振る。
「大丈夫…だよ?私絶対内緒にする…。ぜ、絶対誰にも言わないからっ!」
きゅっとなる胸を押さえて叫ぶみたいに返事をすれば「見られたのが苗字で良かった」って無理して笑う東峰君の顔が好き過ぎて、辛過ぎて息が出来なくなって死ぬかと思った。
夕陽が当たって光る髪の毛、失恋して傷付いてるのは東峰君の方なのに私を気遣うような瞳と優しい声色。廊下に伸びるふたりの長い影も、無情に鳴り響く高いチャイムの音も、全てが大切で、全てが愛おしかった。
この先、学校を卒業して東峰君と離ればなれになっても、高校時代を思い出す時はきっと今日のことを思い出す。
私は「じゃあ、また明日ね」って震える声を精一杯抑えて東峰君にそう伝え、あふれる涙を見せないように下駄箱に走った。
僕らの終点は
ゆるやかに穏やかに
ゆるやかに穏やかに