赤木路成×mg

がくんとバスが揺れたのと同時に隣で眠っていた苗字が目を覚ました。

「んぁ…赤木…?」
「おお、起きたんか」

まだぼんやりしている頭でその目を俺に向けて「ここ、どこ?」と言う苗字にズッコケそうになるのを我慢して丁寧に突っ込んでやる。

「どこてお前、見たら分かるやろ。バスの中や、バスの中」
「バス…」
「今から学校帰るんやで?」
「!!?」

次の瞬間、ばちばちっと瞬きを繰り返した苗字の目が今度はハッキリと開かれて再び俺の方に向けられた。

「…が、合宿は!?」
「終わったやろ」
「枕投げは!?バーベキューは!?」
「それはもとから予定にはないな」
「!!」

その驚きように「こいつ、一回寝たら記憶がリセットされるんか…?」などと頭の中で思ったが「いやまさかな」と思い直してもう一度丁寧に隣で慌てふためく同級生に順を追って説明してやった。

マネージャーである苗字名前は合宿二日目に疲労と寝不足で倒れてしまったこと。それから大事をとって部屋に軟禁され、すっかり元気になった頃には合宿は終了しており今は学校へ帰る途中のバスの中だということ。

こいつ、バスに乗り込むときは起きてたはずなんやけど…何で全部忘れとるんや…

「ああ、あとな、お前のこと信介がえらい心配してたで?」
「…、」
「帰りの席もほんまはあいつの隣やったんやけど、お前が騒ぐやろって俺の隣にしてん」
「…っ」

バスに乗る前、信介本人に苗字を刺激するようなことは言うなと口止めされていた。けれど俺は言ってしまった。何となく、言わなければならないような気がして…

「って、ことで後でちゃんと顔見せたれよ?」
「…うん。わかった」
「!!?」

いつになく素直なその返事に今度はこちらが驚きを隠せない。まさか、と思ってその前髪を上げて額にぺちんと手の平をくっ付けてみたが熱は無いようで「やや?」と思う。以前は信介の名前を出しただけでビクついていた苗字が今は素直にその名を聞き入れきちんと返事までするとは…

「お前…信介と何かあったん?」

苗字の瞳がゆっくり瞬きをして、それから俺の顔を見つめる。

「…きのう」
「昨日?」
「北がスペアリブくれたの」
「スペアリブ!?」
「うん。夢の中で」
「なんや夢の話かい!」
「うん…それがすっごく美味しくて」
「お前…まさか」

まさかとは思うが…

「ちゃんとお礼もしたんだけど…」

ああ、やっぱり。

「さてはお前、食いモンで買収されたな?」

「だって赤木、スペアリブをくれる人に悪い人はいないよ!?」と食い気味にその目を輝かせて語る苗字はいつも通りの苗字名前で、理由はともあれあんなにぶつかり合っていた主将とマネージャーの二人が仲良くなったのならそれに越したことはないと密かに安堵の溜め息を吐いて苗字のその頭をわしわしと撫でて褒めてやった。

「まあ、夢の中の話でも何でも仲良うなったんならよかったわ」
「ちょっ赤木…私アンタの妹じゃないんだけど!」
「おお、すまんかったな。つい」
「…っ」

バスが揺れる。まだ遠い学校を目指して。照れを隠すようにプイと顔を背けて大きな窓から外の景色を眺めている苗字が今何を考えているのか…。不器用な俺にはその横顔から彼女の気持ちを読み取ることは出来なくて、だから少しだけその身に寄り添い同じ窓から見える突き抜けるような青い空をぐんと見上げ、バスを照らす眩しい夏の太陽に目を細めるのだった。