二階の一番奥に位置する自分の部屋のドアがふいに開かれて、出窓にかかったレースのカーテンが揺れる。それはまるで先ほどからずっとこの場所でゼリーのように固まっていた寒気が動いたようだった。
「苗字先輩、大丈夫ですか?」
「尚保…っ」
私の部屋に訪れたのは同じ高校に通う二つ下の後輩に当たる、潜尚保。二ヶ月前に出来たばかりの私の彼氏である。
「先輩、これ。お見舞いです」
「ありがとう…」
横になっていたベッドから半身上げて、がさりと音を立ててハミリーマートの袋を受け取った。中には新発売のチョコレートの箱が二つ入っている。
一時間ほど前、尚保の部活が終わった頃を見計らって一本のメールを打った。風邪をひいて学校を休んで退屈だったということ。それから今日発売される新作のチョコレートが食べたいということ。
ほんの少しの期待と諦めの混じる中、親指でそっと送信ボタンを押したけど、まさか本当にお見舞いに来てくれてチョコまで買って来てくれるとは思わなかった。
尚保が自分の部屋にいるだけで着慣れたパジャマの下の心臓が無駄にドキドキして焦る。熱はすっかり下がって体はもう大丈夫なはずなのに手の中にじわじわと汗をかいて居ても立っても居られない気分だった。
本当は飛び上がりたいほど嬉しいのに何だか気まずくて、しばらく黙ってチョコの入った袋を見つめていると尚保が私の顔をのっそりとのぞき込んでぼそりと呟いた。
「先輩…?まだ具合悪いんですか?」
「う、ううん、もう大丈夫なんだけど…」
昨日学校で会ったときと同じ、気合いの入っていそうな髪型を少しだけ揺らした尚保は頭の上に大きな「?」マークを浮かべて首を傾げる。
「俺、来ない方がよかったですか?」
「ちがっ、違うよ?違くて…あの、…なん、て言うか…」
先ほどからひしひしとカラダ中に当てられる視線に観念して「すごい、嬉し…くて」と消え入りそうな声で伝えれば尚保の目が大きく見開かれて、今度はこちらが頭に「?」マークを浮かべてしまった。
「…尚保?」
ドッと、突然肩に体重をかけられて背中からベッドに沈み込む。
「え、ちょッ!?」
何がなんだか分からないうちに尚保が上にいて、私の視界が尚保とその向こう側に見える天井だけになった。それから男の子にしては柔らかくて滑らかな唇が私の口を塞いで一瞬にして呼吸を奪い取っていた。
「ンンッ…!」
もぞもぞとベッドの上でもがいても男の尚保に女の私が勝てる訳はなくて、口を塞いだ唇が一層強く吸い付いて余計に深く迫って来るだけだった。
治りかけの風邪が移るとか、下の階には親がいるとか、そんな建前とギリギリで保ってる理性を吹き飛ばすぐらいに尚保のキスは濃厚で執拗で抵抗する腕にだんだん力が入らなくなって来て、最後にはその背に腕を回して自分から舌を絡ませて「もっと」とキスをねだるような破廉恥な真似事をしていた。
「ふ…ぁ…なお、やす…」
「先輩…」
「ふあ…ッ」
とろとろの舌と熱っぽい声に五感が犯される。ドキドキする心臓と湿り気を帯びる下着。「ぷはっ」と息継ぎの為に唇を離したら、その手が何のためらいもなくパジャマの中に滑り込んで来たから焦って尚保の手首を掴んで、慌てて制止してぶんぶんと激しく首を横に振った。
「ちょっ、ちょっと尚保!?」
「すみません。つい」
「つ、つい…?」
「可愛くて」
「なに…、が?」
「先輩のパジャマ姿」
「!?」
そのままベッドの中でぎゅうって抱き締められて、高級な猫を可愛がるみたいに頭を丁寧に撫でられて新発売のチョコレートも包みを破って食べさせてもらって、これでもかってぐらいに甘やかされて尚保の腕の中で夢見心地のまま下がった熱がまた上がりそうだった。
「尚保…」
「はい」
「私、もう一生パジャマでいようかな」
「…」
らしくない。自分でもくだらない冗談を言ったと思って慌てて「ごめん」と謝ろうとしたら私を腕の中におさめたままの尚保が「やめて下さい」って結構真面目なトーンで返して来たから何だか収まりが悪かった。
「先輩、絶対駄目」
「わ、わかってるってば。冗談だ「俺が」
「…え?」
「俺がもちそうにないから」
そう言うと尚保はもう一度私の唇を割り、柔らかくて湿った舌を差し込んで隅々まで味わい温かい唾液を流し込んだ。
「ンッ、は、尚保…のえっち」
「先輩が悪いです」
「…っ、」
愛おしい世界の鼓動