膜のさいはて

エアコンのタイマーが作動して、冷たい風を送り出す機能が止まったのが午前4時。夏の朝は早い。雨戸の無いガラス窓の向こうから差し込むギラついた光りがグレーのカーテンの隙間から部屋に入って、冷えた室内を少しずつ温めた。

それに伴い苦手なクーラーで冷え切った私の体もじわじわと温まり出して、昨日、夕食に使ったひき肉のことを思い出す。冷凍庫でカチンコチンに冷やしたひき肉をレンジのボタン一つで解凍した。冷えで動きの鈍った体を徐々に動かせるようになり昨日のひき肉に意思があるならこんな感じだったのかななんて、どうでもいいことを目をつぶったまま考えていた。

ふと、同じベッドに寝ていた暑がりな彼に後ろから抱きしめられてどきりとする。そんなドラマに出て来るような優男っぽいことをしておいて「愛してる」だとか「好きだ」とか甘いセリフを吐かない彼が言うであろう次の言葉はだいたい想像がつくものだ。

「名前…暑い」

暑がりな彼と寒がりな私。そんなふたりが真夏に一緒に寝ようなんて考えがまず間違っているのかもしれない。だけど賢太郎と付き合うようになってから大学に近い彼の部屋に寝泊まりするようになり、窓からの景色を気に入っていた自分の部屋を解約して私は賢太郎の一人暮らしの部屋に転がり込むような形で大学生同士のありきたりな同棲生活をスタートしていた。

家賃や光熱費、食費もきちんと折半しようと提案したのに食費は賢太郎がもつと言ってきかなかった。だから、だったらせめてご飯は作らせて欲しいと願い出て食事は毎回私がふたり分作って一緒に食べることにしている。

「名前、クーラー」

朝が弱い彼が私のロンTの背中にしがみ付く。冷房が切れたのはついさっきなのに熱のこもったその体はじとっと汗で湿っていて、本当に代謝がいいのだなと少し感心してしまった。

「…なあ、聞いてんのかよ」
「聞いてるけどクーラーはやだ」

せっかく温まり出しだ体をまた冷やしたくはない。耳元でチッと小さな舌打ちが聞こえたけれど、賢太郎がエアコンのリモコンに手を伸ばすことはなかった。一見、気が短そうだけれど実はとても優しい人なのだと私は知っている。こんな見た目をしているのに犬や猫にはやたらと懐かれるし、この間は道の真ん中で重そうな荷物を抱えるお婆さんを無言で助けて神様みたいに感謝されていた。そういえば賢太郎のそういうところを好きになったのだと改めて思い、体だけではなく胸の芯までほっこりと温かくなったとき、寝間着代わりに履いていたハーフパンツと太ももの間になにかが当たってギョッとした。

「こんな朝早く起こされて暇だな」
「…えっ、賢太郎?」

「暇だから付き合え」
「!?」

賢太郎お気に入りの黒いボクサーパンツの中心を高く盛り上げる硬くなったそれが私の足の間を突く。

「えっ、や、…」

裸に下着一枚の賢太郎に強めに背中から抱かれて少し痛い。

「クーラー切ったお前が悪い」
「…っ、それは、だって、寒かったから!」

熱い唇に耳たぶを吸われて体が勝手にびくんと跳ねた。それを合図に賢太郎の手がショートパンツごと私の下着を剥ごうとする。

「や、だっ、本当にするの!?」
「生理現象だし、目ぇ覚めちまったからな」
「…っ、」

朝、男の人の体が自分の意思とは裏腹に勝手にそうなることは知っている。今までにも何度かその状態で目覚めた賢太郎を見て来たからこの状況にはもう何も思わない。けれど…でも、だからっていつもより早く目が覚めたことを理由にこんな朝からそんなことを始めていいんだろうか。

それに、何より準備万端の賢太郎と違って女の私は…

「…ぬ、濡れてないから痛い」
「すぐ濡らしてやるよ」
「!?」

言うが早いかロンTの裾からゴツゴツした手が入り、お腹を通って胸にきた。解凍を終えたばかりの体にその刺激は強過ぎて、私は大袈裟に背中を反って悶え、それは手の主を盛大に喜ばせる結果となった。

「ひっ、ああ…ッ!」
「お前の体、冷たくて気持ちいい」

温まって来ていたと思っていたのは自分の勘違いだったのか。賢太郎の熱い指が体に触れる度にその温度にびくつき、ハッとする。

脱がされたハーフパンツと下着はベッドの下に落とされて、賢太郎自身も自らの下着をはらって硬いそれを私の中心に擦り当てた。

「お前のここはあったかい」
「や、…ばかぁ…ッ」

硬く、ヌルつくそれが何度も入り口を擦って賢太郎の息が上がる。

「もう挿れるぞ」
「…ぅ、ん」

濡れたそこに硬いそれがゆっくりと入る。侵入して来るその質量にビクビクっと体を揺らせば喉の奥から絞り出すような低い声で「すげぇエロいじゃん」と賢太郎が漏らして笑った。

手早く脱がされたロンT。裸の背中に賢太郎の胸が隙間なく張り付く。

「…ンッ、あッ、あッ、あっ」

どこを探せばこんな真夏の朝にクーラーもつけずに致しているカップルがいるんだろう…いや。探せば案外いるかもしれない。

賢太郎の汗の匂いとふたりの吐息が狭い部屋に充満して、こもった湿度と温度を更に上げている気がした。

「あっ、あっ、あっ」
「名前っ、名前っ」

私は多分、もう一生賢太郎以外の人とセックス出来ないと思う。その言葉しか知らないみたいに何度も私の名前を呼ぶ低い声と幾度も体に擦り付けられる汗の粒。馴染んだ中はすっかり賢太郎の形になってしまったし、彼以外の人とのキスも思い出せない。

体位を変えた賢太郎が上に来る。

それから一層激しく腰を振ってキラキラと光る汗の粒を私の体に放っては付け、ぎゅうっと大事そうに抱ぎ締められたかと思えばその尖った歯を立て私の肩を強く噛み、賢太郎は派手に果てた。







じんじんと激しく痛む肩口の傷を感じ、私はそっと目を閉じた。熱い彼の体と隙間なくくっ付くと、ふたりの体がひとつに溶けて固まったような幸せで胸がいっぱいになった。













汗だくの賢太郎とびしょ濡れのシーツ。グレーのカーテンの隙間から入り込む陽の光は一層暑苦しさを増し、それに照らされて明るくなった部屋の中にはまだ少し猥雑な空気がよどんでいた。

「名前、クーラー…」
「…うん」

「いや、やっぱいい。シャワーの方が早いわ」
「え…?」

無言でぐいりと掴まれた腕は振りほどけない。乱れたベッドのある暑い部屋を一緒に出たとき、見上げた賢太郎の顔は熱があるみたいに赤くてそんな顔を見せてくれる彼をやっぱり自分は特別に好きだと思った。
膜のさいはて